〈テーマ:飛行生物疑似体験〉
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風渡るこの高台は、豊かな気流に恵まれ、良質の風音に満ちている。
くるくると周囲を舞う笛のような音色の中で、背伸びをするように薄い皮膜を思いきり伸ばし切った。
途端に空気抵抗を一身に受け、よろめかないようにしっかりと脚爪で踏ん張って耐える。
まるで気流に試されている気分だ。
「っ」第4指と第5指のあいだの、ひときわ広い部分の皮膜があおられて一瞬めくれ、びりりとした。
心地よい痛痒感。

だけど、これがばさばさと揺れているうちはまだ駄目なんだ。
風に遊ばれて、乗せられているようじゃ半人前。
本当に飛ぶということは、風と同じものになるということだから。
気流たちと踊るためには、身体を、精神をどこまでも軽くし、
無駄なものをそぎ落としていかなくてはならない。

目を細める。
毒々しいほど蒼く碧い空にすうっと呑み込まれながら、
また呑み込み返すように睨みあげて。
意識の境界をふらふらとさまよいながら、
それでも目にうつっていたのは、
ただ空、
青い空、
この風の行き着く先は、
我が身と祖先、子々孫々、無限の先まで還るべき場所。

気がつくと何の音もしなくなっていた。
皮膜は鳴るのをやめていて、風と平行に、なめらかに注がれる流れに沿ってやわらかく伸びている。
自分の全部が、お腹の中から頭の先端まで透明になった気がして、
ああ、と思わずちいさく笑っていた。
力なんかちっともいらない。

行こう、と、何の気負いもなく、
まるで小川をひょいと跨ぎ越すくらいの気持ちで、ふっと爪先を蹴って。
何もない領域へ。
滑り出していた。